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カテゴリー「写経」の記事

仏教伝来とともに文字は普及しました。

奈良時代の写経3

ご覧になってくださり、
ありがとうございます。

美術館や博物館で、

書の作品って、
どこが面白いんだろう、、

と思ったことはございませんか?

わたしも、
思いました。

でも、
ちょっと、
歴史的な背景を知るだけで、
見るのが楽しくなるのが、
書道の作品だと知りました。

この楽しさを
より多くの方と共有できたらと思い、

書道の作品を見ることが
楽しくなるヒントを
掲載してゆきたいと思っております。

力不足な点も多々あるかと思いますが、
どうぞ、よろしくお願いいたします。

そして、

皆様の心に

何か暖かいものが残ることを祈りつつ。。。

bud bud bud bud bud 

今回は、奈良時代(天平)の
写経
その3です。

今回は、

・写経の書風
・装飾経

を紹介させていただきます。

天平写経の特徴は、

なんといっても

正確

であることが上げられます。

校正係がいて、
写経生(経師)が書いた写経の
誤字脱字をチェックし、
もし誤脱があれば、
写経生から罰金が取られていたそうです。
奈良時代の写経2参照。

書風の特徴は、

力強い

のです。

といっても、
一くくりには
できません。

賢愚経のように、
どっしり、
がっちりとしたものもあれば、

Photo

伝聖武天皇 賢愚経(けんぐきょう) の部分臨書です。
※大聖武(おおじょうむ)とも呼ばれる。

横線が細く、
しなやかな書風もある。

1

書道全集 図55佛説七知経(聖武天皇願経)の部分臨書

多くが扁平な字形であるのに対し、

たまに、縦長な字形のものもありました。

1_2

金剛場陀羅尼経
書道全集 図⑰ を臨書しました。

それから、奈良時代でも、

装飾経

といわれるものがあったようです。

もちろん、平安時代の
きらびやかな料紙をつかった
派手なものはまだありません。

文字が金銀で書かれており、
輝いているのです。

「二月堂焼経」(紺紙銀字華厳経)
は紺の紙に銀で文字が書かれています。

※東京国立博物館所蔵

下のほうに、焼けた跡があり、
「焼経」といわれています。

紺の紙に、
銀で文字が書かれているから
「紺紙金字」と
名づけられています。

奈良国立博物館にもあります。

「紫紙金字金光明最勝王経」
※奈良国立博物館

「紫紙金字華厳経」
※奈良国立博物館

この2点は、
紫の紙に
金で文字を書いているから
「紫紙金字」
と名づけられています。

墨ではなく、
銀や金を膠(にかわ)で溶いて
書いたので、

伸びにくく、

書きにくいのです。

なので、

これらの装飾経を書くと、

普段の2倍のお給料が
もらえたようです。

奈良時代の写経2参照。

当時は、
きらびやかなものは少なく、

ほとんどが
加工されていない素紙(茶色がかかった無地の紙)に
墨で書かれていました。

参考文献
下中邦彦編集『書道全集』9(平凡社1965)
名児耶明監修『決定版日本書道史』(芸術新聞社2009)
小松茂美編『日本書道辞典』(二玄社1987)
奈良国立博物館『第60回「正倉院展」』(仏教美術協会2008)

図版出典
 このページに掲載している図は、
 筆者による臨書作品です。
 ぜひ、博物館・美術館にお出かけになって、
 本物をご覧になってください。

奈良時代の写経2

おはようございます。

ご覧になってくださり、
ありがとうございます。

 

美術館や博物館で、

書の作品って、
どこが面白いんだろう、、

と思ったことはございませんか?

わたしも、
思いました。

でも、
ちょっと、
歴史的な背景を知るだけで、
見るのが楽しくなるのが、
書道の作品だと知りました。

この楽しさを
より多くの方と共有できたらと思い、

書道の作品を見ることが
楽しくなるヒントを
掲載してゆきたいと思っております。

力不足な点も多々あるかと思いますが、
どうぞ、よろしくお願いいたします。

そして、

皆様の心に

何か暖かいものが残ることを祈りつつ。。。

clover chick clover chick clover chick clover 

今回は、奈良時代(天平)の
写経
その2です。

前回、

1セット5048巻もの一切経を
奈良時代には
いくつも
作っていたことについて
触れました。

これだけの大仕事、

まさか、1人で、、、、

なんてことは、

では、問題です。

独りで5048巻、
書き上げた方、

いらっしゃるでしょうか?

答えは、

いらっしゃいます。

1人で一切経を書き上げることを

一筆一切経

といいます。

まず、
藤原定信という方。

23年かけて、

1151年に

完了したそうです。

残念ながら、
今は残っていないそうです。

もう1人は、
色定法師(しきじょうほうし)。

42年かけて、完了したそうです。

こちらは、
5048巻中、4331巻が残っているそうです。

現在は、福岡県の宗像大社神宝館に収蔵され、
修復中だそうです。

これだけの、大仕事、
現在であれば、
ギネスブックに認定されるのではないでしょうか。

さて、

一人でやれば
大変でも、

みんなでやれば、
速くできる!

権力者の力技です。

写経作成の組織があったそうです。

その名も、

写経所

です。

当時は、

印刷術はまだありません。

手で書くしかないのです。

どこかから写経を借りてきて、

書き写して

複製を作っていたのです。

では、

誰が書いたか。

そうです、
写経生と言われる方々が書いていました。

この写経生、

役人の中から
能筆(字が上手な人)だからと
選ばれた人もいれば、

試験で選ばれた人もいたそう。

Photo_3

上の図は、試験用紙を臨書したものです。
書道全集9 図版92、93 を参照しました。

試験用紙の上の方に
「未定」
「不定」
とか書いて、合否を決めたようです。

このように、
特別に選ばれた写経生の方々ですが、

その仕事内容は、決して楽なものではなかったようです。

1人1日平均7枚、
2~3日で1巻分を書き写したといわれています。

気になる待遇はというと、

-------
お給料
-------
1枚書いたら、

普通の用紙に、普通に墨で書くと、

例)墨書の法華経

5文。

金字経なら
金を膠(にかわ)にといて書くのは、難しい技術ですので、

例)紺紙金銀字大唐西域記巻第六(こんしきんぎんじだいとうさいいきき)中尊寺経(ちゅうそんじきょう)
※絵師は、別の人だと思います。

倍の10文

1日平均7枚書いたら、
日給にして、
35文程度です。

しかし、
現在の価値に、
換算してどのくらいかは、

不明です。

ごめんなさい。

そうそう、

金字で書いても、そのままでは、あまり輝きが無いので、
磨きをかけて、文字を光らせていたそうです。

磨く道具に使われていたのは、何と

イノシシの角。

一文字一文字に魂込めて、
鎮護国家を目指していたんですね。

-------
減給
-------

残念ながら、

罰則があるのです。

脱字があると、
減給されるのです。

写経生が書いた後に、
校正係が厳密にチェックして、
誤脱を確認するんです。

では、
問題です。

脱字1字につき、
いくら減給されるのでしょうか?

答えは、
1文です。

更に問題です。

1行見落としたら、
いくら減給されるでしょうか?

答えは
20文です。

1行に付き17字詰め、
1枚に20数行ですから、

1文字見落としただけで、
4~5行書いた給与、

1行見落とせば、
4枚書いた給与が減額されていた

ということです。

わたしは、
誤字脱字が多い方です。

もし、
私が写経生だったら、

働けば働くほど、

借金だらけになっていたかもしれません。

-------
休暇
-------

奈良国立博物館で開催された
2008年の「正倉院展」に、

写経生の休暇届が出ていました。

休暇の理由で一番多いのは、

病気。

座り仕事の職業柄からか、

腰痛

足痛

が目立つのだそう。

私も、SEをやっていた頃、
残業が続いたときは、
腰痛に悩まされました。

休暇の理由で面白いのがあります。

なんと、

洗濯

屋根の修理

で、休暇が認められている例も
あるんだそうです。

洗濯機もない時代ですし、

屋根の修理も自分でしなくちゃいけなかったでしょうから、

今とは事情が異なるかもしれませんが、

驚きます。

過酷な労働環境だったせいか、

写経生側も、

いろいろ理由を作って、

何とか休もうと、

していたのかもしれません。

※『第60回「正倉院展」』の図録99ページに詳しいです。

では、
どんな休暇願の文書が残っているのでしょうか。

Photo_4

第60回「正倉院展」99頁図2 の臨書です。

要約すると、

「できものが大きくなって痛いので、
 出勤できません。」

という内容です。

できもの、といっても、
病気の種類はいろいろありますし、
どんなできものだったのでしょうか。。。

水疱瘡でしょうか?
風疹でしょうか?
それとも、恐ろしい、疱瘡??

--------------
道具の支給など
--------------

書写に当たって、

・書写するお経の借用と返却

・写経生に
 紙を何枚、
 筆を何本、渡したか

管理していた帳簿が正倉院に残っています。

1_2

第60回「正倉院展」100頁 の部分臨書

誰に、
いつ、
何を、
どれだけ、

管理の方法は、変化しても、

今も昔も、

管理する対象は、

変わらないのですね。

面白いのが、

資料を見やすくする工夫がなされているということです。

人名が書かれている行だけ、
紙の色が濃いのです。

検索しやすくする工夫だそうです。

参考文献
下中邦彦編集『書道全集』9(平凡社1965)
名児耶明監修『決定版日本書道史』(芸術新聞社2009)
小松茂美編『日本書道辞典』(二玄社1987)
奈良国立博物館『第60回「正倉院展」』(仏教美術協会2008)

図版出典
 このページに掲載している図は、
 全て筆者による臨書作品です。
 ぜひ、博物館・美術館にお出かけになって、
 本物をご覧になってください。

 

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奈良時代の写経1

ご覧になってくださり、
ありがとうございます。

美術館や博物館で、

書の作品って、
どこが面白いんだろう、、

と思ったことはございませんか?

わたしも、
思いました。

でも、
ちょっと、
歴史的な背景を知るだけで、
見るのが楽しくなるのが、
書道の作品だと知りました。

この楽しさを
より多くの方と共有できたらと思い、

書道の作品を見ることが
楽しくなるヒントを
掲載してゆきたいと思っております。

力不足な点も多々あるかと思いますが、
どうぞ、よろしくお願いいたします。

そして、

皆様の心に

何か暖かいものが残ることを祈りつつ。。。

shine shine shine shine shine 

今回は、奈良時代(天平)の
写経
その1です。

これは、写経を仕事としていた写経生が残した落書きです。

Photo

※これは臨書です。
(大島正二『漢字伝来』(岩波新書 赤 2006.8.18)44頁を参照しました。)

人相が怖いので、
がみがみ上司を揶揄して書いたのでしょうか?

こんな風に、気晴らししながら、頑張っていたんでしょうね。

気晴らしの仕方が、中高生みたいで、
親近感がわきませんか?

こんないたずらをする方々が書いたものが、
ものスゴイ美しい文字が連なる写経です。

Photo_2

伝聖武天皇 賢愚経(けんぐきょう) の部分臨書です。
※大聖武(おおじょうむ)とも呼ばれています。
※つたない臨書ですが、、、

写経は、

仏教が伝来してまもないころ、

最初国家事業としてはじめられました。

聖武天皇と光明皇后による
国分寺、国分尼寺、東大寺建立の頃です。

奈良時代には、

印刷技術はない。

コピー機も、もちろんない。

ということは、

同じものが欲しい!

と思ったら、

手で書いて
写すしかないのです。

ということで、

当時は、

お経が欲しいと思ったら、

欲しい分だけ、

手で写して書いた

のです。

ところで、

奈良時代には、

一切経の写経が
よくなされたといわれています。

一切経の写経とは、

存在している
全てのお経を

全て写経する

ことです。

では、

当時の
全てのお経の

数は、

どのくらいだと思いますか?

答えは

5048巻だそうです。

※『大唐内典録』(664年)参照

1巻でも、
B4くらいの紙を
数枚以上接いで
巻物にしているはずだから、

1巻作るだけでも、

相当大変なはずです。

というのも
現在、写経というと、

B4 1枚程度の大きさの紙1枚で完結する

般若心経

が思い浮かびますが、

これだけを写経するだけでも、
数時間かかるのです。

この1枚を書くだけでも、
集中力を保つのは、
とても大変です。

墨すって、
座って、
書いて、
数時間

こんな、大変なものを
各寺院では、
「持つぞ!」と頑張ったのだそうです。。

理由は、
それぞれの寺の

名誉

にかけて!

実際に、
当時
何セット作られたのか、
今となっては、
分かりません。

ただ、

奈良時代のもので、
現在まで伝来しているものが
10セット(不完全なものもあります)
あるそうです。

また、記録に残されているもので
14セット
あるのだそうです。

ということは、
少なくとも24セットは存在したということで、

※記録されているものと
現存しているものとの重複もあるかもしれませんが、、、

24セット*5048巻=約12万巻

の写経がなされていたということです。

少なくとも、
12万ものお経の巻物が作られた。。。

ものすごい量です。

当時は、

「鎮護国家」の思想で、

仏教によって、

国を守ろうとしていたそうです。

☆☆☆

参考文献
下中邦彦編集『書道全集』9(平凡社1965)
名児耶明監修『決定版日本書道史』(芸術新聞社2009)
小松茂美編『日本書道辞典』(二玄社1987)
奈良国立博物館『第60回「正倉院展」』(仏教美術協会2008)
大島正二『漢字伝来』(岩波新書 赤 2006.8.18)

図版出典
 このページに掲載している図は、
 全て筆者による臨書作品です。
 ぜひ、博物館・美術館にお出かけになって、
 本物をご覧になってください。

 

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写経

ご覧になってくださり、
ありがとうございます。


美術館や博物館で、
書の作品って、
どこが面白いんだろう、、
と思ったことはございませんか?

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思いました。

でも、
ちょっと、
歴史的な背景を知るだけで、
見るのが楽しくなるのが、
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そして、
皆様の心に
何か暖かいものが残ることを祈りつつ。。。



昔の写経には、とてもきらびやかなものがあります。

有名なのは、平家納経です。
厳島神社にあるそうです。
宝石のようにまばゆいです。

http://www1.odn.ne.jp/~vivace/itsukushima.HP/heikenokyo.htm
http://www6.plala.or.jp/HEIKE-RAISAN/heikenoukyou/heikenoukyou.html

今、こんな用紙をそろえたら、いったいおいくら?
材料、紙の手漉き、金箔の扱い、日本画、、、関わった職人も
多いでしょうし、私には計算できないです。

 因みに、この前ユザワヤで見た一番高い写経用紙は
 一枚6000円でした。
 金銀砂子が撒いてあって、とてもきれいでしたが、
 平家納経ほど、凝ったものではありません。

しかも、お経は、一種類ではありません。
平家納経では、32種類のお経が奉納されているそうです。


一切経奉納ということになれば、
http://www.tctv.ne.jp/tobifudo/newmon/okyo/isai.html
数千ものお経を写経することになります。
般若心経は短いですが、
長い一番長いといわれる大般若経は一つのお経だけで600巻と言います。

昔は、印刷なんてないですから、手書きです。

なので、大規模な写経組織があったんだそうです。


そこで働く写経生の給料は、減額方式で、
文字を間違えるたびに、減給されたとか。

なんだか気の毒です。



なんで、こんな大変なことをやったのかといえば、
やっぱり、助かりたいからなんだそうです。

今、核が怖いから核シェルターを持つ人がいるように、
昔も、末法思想とか、権力欲とか、自分を守りたい一心で、
写経を奉納したんだとか。
きらびやかなほど、効果が出ると思われていたとか。


でも、平家は滅んでしまった。

世の中、何を信じてよいのやら、わかりません。