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カテゴリー「人物伝」の記事

書家の人生とは

蘇軾って三絶?

おはようございますbud

ご覧になってくださり、
ありがとうございますhappy01


美術館や博物館で、

書の作品って、
どこが面白いんだろう、、

と思ったことはございませんか?


わたしも、
思いました。


でも、
ちょっと、
歴史的な背景を知るだけで、
見るのが楽しくなるのが、
書道の作品だと知りましたflair

この楽しさを
より多くの方と共有できたらと思い、

書道の作品を見ることが
楽しくなるヒントを
掲載してゆきたいと思っております。

力不足な点も多々あるかと思いますが、
どうぞ、よろしくお願いいたします。


そして、

皆様の心に

何か暖かいものが残ることを祈りつつ。。。

clover chick clover chick clover chick clover 


蘇軾(ソショク)(蘇東坡:ソトウバともよばれる)の名を、
学生のとき、国語の教科書でご覧になった方も多いのではないでしょうか。

漢文の授業で、よく取り上げられる方ですよね。

この方、スゴイ方なんです。

書道でも、とても有名なんです。


まだまだあります。

絵も上手だったのです。

つまり、

文章+書道+絵画

において、スゴイ人なのです。


こんなふうに、詩・書・画に優れている人のことを、中国では、


《三絶》(さんぜつ)

と言います。

昔の中国の文人は、
三絶であることが尊敬される条件だったそうなんです。

ちなみに、蘇軾さん、

詩・書・画だけでは、飽き足りない、
ものすごい好奇心旺盛な方だったようです。


「東坡肉」(トンポーロー、ブタの角煮)は、
蘇軾にちなんだ料理だそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%98%87%E8%BB%BE#cite_note-4
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%92%E7%85%AE


料理の由来を知ると、
普段のごはんも、
なんだか格調高くなって、
リッチな気分が味わえる気がします。


それから、蘇東坡さん、
ファッションでも、
確か、帽子か何か、おしゃれを楽しんでいたようなことを
聞いたことがあります。

※このあたり、ウル覚えなので、
 また、調べたら掲載しますね。


好奇心旺盛の蘇東坡さん、
人生を思う存分味わったんだろうなぁshine・・・

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

今日が、あなたにっとって素敵な一日となりますように。


※記事に対する、ご意見ご要望、お待ちしております。

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まじめ人間、孫過庭 2

おはようございますbud

ご覧になってくださり、
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美術館や博物館で、

書の作品って、
どこが面白いんだろう、、

と思ったことはございませんか?

わたしも、
思いました。

でも、
ちょっと、
歴史的な背景を知るだけで、
見るのが楽しくなるのが、
書道の作品だと知りましたflair

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今回は、孫過庭 その2です。

書譜は9mもある大作sign03であると、前回お話させていただきました。

そのなかに書かれた言葉で、私が大好きな言葉がありますshine

或有鄙其所作。
(世間には、自分の作品を卑下する人もあれば)

或乃矜其所運。
(天狗になる者もいる。)

自矜者。將窮性域。絕於誘進之途。
(自分の作品に得々とする者は、才能の限界にいきついてしまったのだから、
 誘導進歩の道を絶ってしまった人である。

自鄙者。尚屈情涯。必有可通之理。
(卑下する人も、やはり自らの才能を挫いてしまう者だけれど、
 まだ、きっと書の真髄に通ずる脈がある。)

嗟呼。
蓋有學而不能。
未有不學而能者也。

(ああ、学んでもさほど上達しない人もあるだろうが、
 学ぼうとしないで上達するものは決していない。)

実るほど 頭を垂れる稲穂かな

謙虚に、学び続けて行きたいという気持ちを
もち続けて行きたいです。

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まじめ人間、孫過庭 1

おはようございますbud

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今回は、書譜を書いた孫過庭についてです。

書譜の画像は、台湾故宮博物院のページでご覧いただけます。

書譜は、書道をなさっている方であれば、
一度は臨書したことのある草書の最高峰です。

書譜は、687年に書かれました。

このころの日本は、

持統天皇元年ですから、

飛鳥時代です。

聖徳太子の少し後くらいです。

まだ奈良の大仏が無い時代です。
※752年に大仏の開眼供養(かいげんくよう)がありました。

いま、せんと君、まんと君とか、平城京710から1300年で奈良が活気づいてますが、
その時代より少し前です。

さてさて、

孫過庭は、苦労人です。

生まれは貧しく、
不惑、つまり40歳になってから、
ようやく出仕の機会を得て府録事参軍の職についたそうですshine

しかし、

曲がったことが嫌い。

高潔な人柄がかえって誹謗される結果となり
せっかく得た、役人という役職をやめてしまったのですwobbly

子どもの頃、いませんでしたか?
よく、先生に言いつける子ども。

子どものうちは、先生という裁判官がいますから、
そのような子は、むしろ怖がられます。

でも、大人になると、そうはいかなくなってしまう。

草枕の冒頭で、

「山路を登りながら、こう考えた。
智(ち)に働けば角(かど)が立つ。
情(じょう)に棹(さお)させば流される。
意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。
とかくに人の世は住みにくい」

人の世のわずらわしさをうまく表現した夏目漱石さんは、さすがです。

この状況は、
今も昔も、変化していないというところに驚きますcoldsweats02

そして、孫過庭は、
その後、

書法の研究に専念したのです。

その結果、見事、

書譜を書き上げたのですshine

書譜は、

書法を学んだ経験や、
書法を学ぶ際の基本原則などが主な内容です。

この作品なんと、サイズは、

縦26.5cm 横900.8cm

9メートルにも及ぶ大作ですflair

一部、残存していない部分もあるので、
本来は、もっと長かったに違いない作品です。

こんな大事業を成し遂げ、
1400年も後にも影響を及ぼしたわけです。

孫過庭は、
人生にうまくいかない経験があったから、
書道に専念して、歴史に名を刻んだのです。

人生何があるかわからない。
ちょっとくらい、つらいことがあっても、

人生、簡単にあきらめちゃだめですsign03

それが、逆に、チャンスであったりすることだって、あるのですhappy01shine

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補江総白猿伝(白い猿の妖怪の小説)

おはようございます。

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 pencil book pencil book pencil book pencil book pencil book

本日は、2010年8月17日

暑いsweat01ですねdash

少し、涼しく感じられるように、怪談とまではいきませんが、

妖怪話を取り上げたいと思います。

歴代の有名な書家の中には、

妖怪から生まれたんじゃないかと言われている(sign02)方がいらっしゃいます。

誰だと思いますか?

答えは、

欧陽詢です。

九成宮醴泉銘を書いた方です。

確か、テレビドラマ化されたマンガ「はねとめっ!」にも取り上げられていたと思います。

とても、整った、抜け目(すき)の無い楷書を書かれた方です。

この方、

白猿と言われた妖怪から生まれたという

小説(作者不詳『補江総白猿伝』)が残っているのです。

ある、神通力をもつ白猿が人妻をさらい、

その女性から欧陽詢が生まれたというのです。

猿の子なので、その姿は、猿そっくり。

しかし、その子は、成人すると学問に精通して、書道に長じて、有名になった、

というのがあらすじです。

では、なんで、このような小説が書かれたのでしょうか。

どうも、欧陽詢と言う人は猿に良く似た人だったようです。

中国の正史(正式な歴史書)の一つである『新唐書』にも

「背が低くて、容貌が醜かった」

との記載があります。

あんまりにも特異な容貌で、

なおかつ、

あんまりにもすばらしい才能を発揮した人だったから、

そのギャップが人々の印象に強く残って、

うわさがうわさを呼び、

小説にまでされたのかもしれません。

この小説を読んで考えたのですが、

コンプレックスは、その人を強くするのではないだろうかと思いました。

容貌に対するコンプレックスが強かったからこそ、

美しいものに憧れ、

中途半端なものではなく、

誰もが「これはすばらしいshine」と納得できるレベル

完璧なレベルまで精度を極めるほどの意欲、情熱を持てたんじゃないかと思うのです。

完璧な人間なんていないと、よく言われます。

完璧ではないからこそ、

人は何かを追い求め、

自分が欠けていると思う部分を懸命に埋めようとし、

そのエネルギーが強ければ強いほど、

何かすばらしいものを生み出す力が大きいのではないかと

感じました。

**********

参考文献

西林 昭一 『書の文化史〈中〉 』(二玄社 1997.6.10)

八木章好 『中国怪異小説選 』(慶応義塾大学出版会1999.1.30)

※この記事は、Kさんから情報をご提供いただいて、作成いたしました。

 Kさんありがとうございました。

※記事に対する、ご意見ご要望、お待ちしております。

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王羲之(おうぎし)の生きた時代

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過去のブログ「本物か偽物か」で、王羲之の『蘭亭序』について少し書かせていただきました。

今回は、王羲之(303-361、東晋)の生きた時代についてです。

ところで、

有名な『蘭亭序』は、飲み会の時にできた詩集の序(はじめに)です。

晴れた日に、罰ゲームをしたんです。

庭の小川のほとりで、みんなで詩を作って、

詩が制限時間内にできなかった人が、

お酒を飲み干す、

というゲームです。

真っ昼間から、

飲み会やって、

しかも優雅に詩を作る。

なんて、平和でのどかな時代だろうshine

と思いませんか?

しかし、

王羲之の生きた時代は、

そんなに平和な時代ではなかったんです。

王羲之の尺牘(友人への手紙)で

『喪乱帖』というのがあります。

これは、実は、北方民族に奪われた故郷の地(山東半島の近く)を想い、
嘆きの気持ちを書いた手紙なんです。

王羲之は、北方民族に追われて、上海の近くの会稽というところにいました。

しかし、
北の故郷には、先祖の墓を残してきています。

そのお墓が、北方民族に荒らされてるんじゃないかと
気が気でないことを表現しているのです。

王羲之の別名は、王右軍(おうゆうぐん)。

軍隊の長です。

軍隊の長なんだから、さっさと軍を出動させて、

奪われた北の故郷を、
北方民族から、すぐにでも奪い返せばいいじゃないかsign03

と言いたいところですが、、、、

弱体化した軍隊に、そんな力はなく、

悔しい、

もどかしい、

こんな思いで、日々過ごしていたんじゃないかと思われます。

この気持について、吉川忠夫先生は、次のようにたとえています。

「聖地パレスチナの奪還をめざした十字軍運動にもにるであろうか。」

※吉川 忠夫『王羲之 六朝貴族の世界 』清水新書 (017)(清水書院1984)72ページ

ところで、

王羲之の作品は、

しなやかな細いひらひらとした線と、

太くて、力強く何かをとらえるような動きのある線と、

一見両極にあるようなものが共存しています。

しなやかに、そして、力強く、

心の葛藤を抱えていたからこそ、

深みのある作品を残すことができたのかもしれません。

bud bud bud bud bud bud 

さいごに

一見、マイナス要素になることが、

むしろプラスに働くこと、

よくあるんじゃないかと思います。

つまり、この時代だったからこそ、

葛藤に心を悩まされた時代だったからこそ、

精神性の要求される書道において、

深い表現力を養うことができ、

王羲之のような天才が育ったのではないかと考えられます。

現在は、不景気で先行きの不安な時代です。

不景気だからこそ、

自分本来の力が試される。

自分の限界を超えて、成長したいという気持ちが強くなる。

この不景気をバネに、

自分の中の何かを、力強く育ててゆきたいですね。

離洛帖

ご覧になってくださり、
ありがとうございます。


美術館や博物館で、
書の作品って、
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わたしも、
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見るのが楽しくなるのが、
書道の作品だと知りました。

この楽しさを
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そして、
皆様の心に
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先日、畠山記念館に行きました。

こちらで是非見てみたいと思っているのが、
藤原佐里の『離洛帖』(国宝)です。
残念ながら、今回は公開されておりませんでした。

http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/collection/#
Photo_2
※これは、臨書です。
 ぜひ、畠山記念館にて本物をご覧になってください。迫力が違うと思います。


藤原佐里は、「三跡」(小野道風・藤原行成・藤原佐里)の一人です。

『離洛帖』は、
藤原佐里さんが、
へまをして、
左遷されて、
都を離れてから、

「あ、あの人に挨拶してない」
と、思い出して、
書いた手紙

だそうです。

へまをした上に、
挨拶まで忘れるなんて、
芸術家タイプの
自由人だなぁと思います。

こんな性格だったからか、
藤原家出身にもかかわらず、
あんまり出世しなかったとか。

でも、さすが生前から名手といわれた人。

あんまりにも上手いから、
ちょっと恥ずかしい内容の手紙も、
大事に大事にされて
1000年のときを経て、
現代まで伝わってしまったようです。



でも、写真をみて、
「これって、ほんとに上手いのかなぁ」って
私は思いました。

といいつつ、
じっくり見てみると、

筆が尻餅をついていないように見えます。
ちゃんと、筆の弾力がきいていると思います。

それに、
線がリズミカル。

墨の濃い部分の置き方が
とてもユニークで
それでいて、
全体的に
バランスがとれているように思います。

#感覚的な言葉で、すみません。

まだ、本物を見たことが無いので、
見たら、感想が変わるかもしれません。

見てみたいです。