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遊糸書(3)

ご覧になってくださり、
ありがとうございます。


美術館や博物館で、
書の作品って、
どこが面白いんだろう、、
と思ったことはございませんか?

わたしも、
思いました。

でも、
ちょっと、
歴史的な背景を知るだけで、
見るのが楽しくなるのが、
書道の作品だと知りました。

この楽しさを
より多くの方と共有できたらと思い、

書道の作品を見ることが
楽しくなるヒントを
掲載してゆきたいと思っております。

力不足な点も多々あるかと思いますが、
どうぞ、よろしくお願いいたします。

そして、
皆様の心に
何か暖かいものが残ることを祈りつつ。。。





遊糸書(2)

の続きです。

先に、遊糸書は当時、とても流行っていたようだ
と書きました。

では、他にも遊糸書は残っているのでしょうか。。。。

残っていないようです。

現在、遊糸書は有隣館にある「王荊公蘇文忠三詩巻」のみ
のようです。

でも、過去の収蔵家等が残した著録には、
※著録:かわいい名前ですよね。
    チョロキューみたいな。
    大辞林によれば、「帳簿に記録すること。書きしるすこと。」
    書道などの作品に関しては、過去の収蔵家等が、
    持っているもの一覧を作ったり、
    他の家に行って、見せてもらったことを記録しておいたり、
    といったことを書いておいたものです。

これ以外の作品がいくつか記載されています。

たとえば、
『宝真齋法書賛』巻23には、
  「遊糸書飲中八仙歌帖」、
  「四体書帖(遊糸書含む)」が掲載されています。

それから、
遊糸書は、いくつかの文献において絶賛されています。

清の笪重光は、
『書筏』の中で、
「人の直角の力強きを知るも、
 遊糸の力に更に堅利多鋒なるを知らず。」
と言っています。

つまり、

ゆらゆらしているように見えても、
正しい用筆で書かれているものは、
直線の実画以上に力があると捉えている、
という意味のようです。

実際に見たとき、
まさに、そのとおり!
と思いました。

これほどまでに線の太さを均一に保てて、
しかも、線が緩んでいない。
ぴんとしている。

この技術はどこから来ているのか、
とても不思議に思いました。

だって、ですよ。

この細さを保つには、
少しでも腕がぐらついたら、
線はすぐに歪みます。

でも、この作品、
驚いたことに、歪みが、まったく無いのです。

小さな仮名を書くだけでも、
まだ未熟な私は、
線に歪みが出てしまうんです。

なのに、
呉説は、
掌サイズの文字を万年筆程度の太さで
書き続けているんです。

一体、どうやってこの均一さを保ったのでしょう。。

篆書の筆法では、最初から最後まで均一に線を引きます。

もしかしたら、呉説は、篆書にも通じていたのかもしれません。

それから、この長い連綿のヒントはどこにあったのでしょうか??

呉説と同時代には、
見当たらないように思えます。

もしかして、日本の仮名をみて、
美しい連綿で書いてみたいと思ったのではないか、とも思いました。

現代でも不可思議な作品ですが、
呉説の同時代の他の作品から見たら
もっと不可解で奇想天外な作品だったと思います。

発想のもとになった、
何かが存在していたのではないでしょうか。

でも、これについて、記録している文献は見当たらず、
答えはわかりません。

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